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保育士の視線追跡研究が示す新たな可能性 ー(後編)|東京児童協会

保育士の視線追跡研究が示す新たな可能性 ー(後編)|東京児童協会
京児童協会は、日々の保育の中にある“目に見えない専門性”についての研究協力を積極的に行っています。
今回は、学校法人江戸川学園 江戸川大学で発達心理学(子ども学)を専門に研究を続けている石橋美香子先生と元東京大学・発達保育実践政策学センター(CEDEP)・現学習院大学非常勤講師の高橋翠先生が行う、ウェアラブル型アイトラッカー(眼鏡型の視線計測装置)を使用した「食事介助中の保育士と園児の視線行動の関係を調べるための研究」に協力しました。

 

前回に引き続き、石橋先生と高橋先生に、この研究についてのお話を伺いします。
前編はこちらより

 

保育の質の向上に繋げる研究

――この研究の成果は、保育現場でどのように活用できますか?

橋先生:研究で得られた視線データは、保育士さんの研修プログラムに活用できます。研修では、自身の視線の動きを映像で確認したり、ベテラン保育士さんの視線と比較することで、自身の課題や改善点にに気づくことにもつながると思います。

高橋先生:自身の視線を振り返ることで、保育士さんは自身の行動を客観的に見つめ直し、改善点を見つけることができます。また、ベテラン保育士の視線を参考にすることで、より効果的な保育方法を学ぶことができます。

橋先生:ただ、視線を見て振り返ったときに、「下手だな」とか「できていない」といった風に見てほしくはないんです。保育士さんの意図やねらいがあって、それが保育士さんの視線に反映されています。ベテランとよばれる先生と視線の動きが違っていたとしても、ここではどんなねらいがあったのか、どんなことを考えていたのか、などの振り返りに活用していただきたいんです。その中で、もしかしたらそれは環境構成上、見直さないといけない、という部分が見えてくるかもしれません。したがって、視線データは園内全体の環境構成がより良くなるような方法として活用して頂けるといいのかなと思っています。研修プログラムを通じて、保育士全体のスキルアップを図ることで、保育の質の向上に繋げることが理想です。

今後の研究課題

――今後の研究で、特に注目したい点はありますか?

橋先生:今後は、子どもの月齢や発達段階に応じて、保育士さんの視線がどのように変化するかを分析したいと考えています。例えば、離乳食初期と後期では、保育士さんの視線の向け方や注意すべき点が異なる可能性があります。また、VR技術を活用して、事故や安全に関する場面を再現し、保育士の介入タイミングや判断の適切性などを検証することも行っています。

高橋先生:長期的な視点から、一人の保育士さんの成長を追跡調査ができれば、経験年数と視線の変化の関係性を明らかにできると思うので、その研究もできたらいいなと思っています。

――研究を進める上での課題は何ですか?

橋先生:やはり、研究協力が得にくいことです。個人情報保護の観点から、保護者の方から同意を得るのが難しい場合や、保育士さんが研究に参加することに抵抗を感じる場合があります。そのため、研究の倫理的な側面にも配慮しながら、普段から保護者や保育士さんとの信頼関係を築き、研究の目的や意義、安全性について丁寧に説明することが重要だと考えています。

高橋先生:研究への参加が保育士さんの負担にならないように、データ収集方法を工夫したり、研究成果を保育現場に還元するなど、メリットを明確に示すことも重要だと思います。

研究に協力した保育士の声

――今回、アイトラッカーをつけた食事介助をしてみて、何か気づきがありましたか?

畠山先生:「口の中を見て、口の中に残っていないかな。咀嚼がちゃんとできているかな、溜め込んでいないかなというのは気をつけて見ています」と伝えたら、「その通りの結果が出ていました」と、画面を見せていただきました。私の視線が画面状に〇で表示されるのですが、目と口をいったりきたりしていました。自分の食事介助を客観的に見るという経験ができたことはすごくうれしかったです。

「口の中を確認」とか、「目を見て、おいしい?と聞く」とか、意識してやっていますが、実際にちゃんと行動としてできているかを確認することは難しいので、今回、映像でそれを見ることができて、ちゃんとできているんだと安心できました。

松尾先生:久しぶりに1対1で食事介助をしました。すごく集中して食事介助ができたなぁと感じました。1対1のほうが、目を見て「おいしいね」とか咀嚼できているかを確認することができるので心の余裕が違います。31だと手づかみ食べができる子は、お皿を近くに置いて、自分で食べてもらいながら、「おいしいね」という声がけはするけど、細かい部分までの確認は減る気がします。

畠山先生:食事介助だけじゃなく、保育の現場でもアイトラッカーをかけてみたらどうなんだろうと思いました。若い先生と中堅の先生では視点も絶対違うと思うんです。だからこそ、近くを見ることは簡単だと思うけど、広い部屋の中で、集団から離れている子にどんな風に目を配れているのかとかが可視化されたものを見てみたいなと思いました。

――この研究結果は、保育のマニュアル化にも使えるそうですが、そのことをどう感じますか?

畠山先生:マニュアルにそういうものがあればすごく助かります。今は、研修や現場で見て覚えるということが多いです。私たちも、新人の先生にはやり方を口で伝えるしか方法がありません。「周りを見てね」ということを指示することはできても、“周りを見る意識”ってその人によって違うので、伝え方が難しいと感じることも多いので。

畠山先生:今回のように、自分の介助を動画として確認することで、「私、見れてなかったな」と気づけたほうが、人から指摘されるよりも納得して修正しやすいと思いました。自分の保育をこういった形で見ることができると、すごく学びが大きいなと思いました。

研究を行ったのは

学校法人江戸川学園 江戸川大学で発達心理学(子ども学)専門 石橋美香子先生

元東京大学・発達保育実践政策学センター(CEDEP)・現学習院大学非常勤講師 高橋翠先生

 

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石橋先生には以前のコラム記事にて発達心理学についてお話を伺いました頂きました。インタビュー記事も併せてご覧ください。

発達心理学の視点から見る保育の向上に必要なこと ー発達心理学 研究者・石橋美香子先生に聞く

研究内容について紹介しました前編はこちらより

保育士の視線追跡研究が示す新たな可能性 ー(前編)|東京児童協会

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