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発達心理学の視点から見る保育の向上に必要なこと ー発達心理学 研究者・石橋美香子先生に聞く(前編)|東京児童協会

発達心理学の視点から見る保育の向上に必要なこと ー発達心理学 研究者・石橋美香子先生に聞く(前編)|東京児童協会

石橋美香子 先生

江戸川大学社会学部講師。専門は発達心理学。

英国ランカスター大学 大学院発達心理学専攻修士課程修了(2018 年度)

お茶の水女子大学大学院人間文化創成科学研究科博士課程修了(2020 年度)

 

学校法人江戸川学園 江戸川大学で発達心理学を専門に研究を続けている石橋美香子先生。京児童協会は、石橋先生の研究テーマにある「保育士の専門性開発に関する研究」のため、研究協力を行いました。

そこで今回は、発達心理学者としての道を進まれた石橋先生のお話や、東京児童協会で行った研究についてのお話を聞きました。

発達心理学を学ぶきっかけになったもの

――発達心理学の研究の道に進もうと思われたきっかけを教えてください。

2004年の科学雑誌『サイエンス』に、幼児が小さな物体に自分の身体を当てはめようとする「スケールエラー」という現象が紹介されていました。もともと、子どもには子ども特有の世界があるのではないかという純粋な好奇心を持っていたのですが、それを読んだときに子どもの発達のメカニズムにさらに関心を持ちました。子どもならではのものの見方や考え方を学問としてやってみようと思い、大学院から発達心理学の研究をはじめました。

――そもそも、“発達心理学”とは、どのような学問なのでしょうか。

私は、“人の生涯にわたる成長過程を研究する学問”だと思っています。ヒトが生まれてから死ぬまでにどういった認知過程やその発達があるのか、そして、できるようになることとできなくなること、つまり、獲得と喪失のプロセスを研究する学問です。心理学の分野にも含まれ、科学的データに基づいた理論に支えられて研究が進められています。

保育士の専門性開発に関する研究

――石橋先生は、発達心理学の中で具体的にどのような研究をされているのですか?

乳幼児期を対象とした研究をしています。発達心理学の中でも、行動観察をベースに、視線行動や脳の発達、特に前頭葉の発達の観点から子どもの認知能力について研究をしています。また、保育士の専門性開発に関する研究も行っています。

――石橋先生がされている保育の研究について、具体的に教えてください。

保育中の保育士さんにメガネ型の視線計測装置をかけてもらい、保育中の視線の動きを調べるというものです。その研究を東京児童協会にご協力いただき、神田淡路町保育園大きなおうちでも実施させていただきました。

――その研究からどのようなことがわかるのでしょうか。

保育士さんの目の動きから、どのように情報処理をしているのか、またその対象を見ている際にどのような予測をしているのかを解釈できます。私たちの研究の結果、保育経験が長い保育士さんは園児の顔を見るよりも教室の様子などの周囲の環境に視線を向けやすいということがわかりました。保育士さんの情報処理が熟達していくと、より選択的、効率的になっていくような視線を向けやすいことが分かりました。

――その研究結果は、保育の現場にどのように役立つのでしょうか。

保育士さんは、多くの情報処理が必要なお仕事だと思います。園内の情報を把握しながら、目の前の子どもたちと接するなど、空間の中で狭いところを見ながら広いところを見なくてはいけません。業務に慣れていない新人さんにとって、それは大変なことだと思います。ベテラン保育士さんの効率的な情報処理を客観的なデータに落とし込むことで、経験を積んで身につくとされているノウハウを提示できるようになるのではないかと思い研究をしています。

ベテラン保育士と新人保育士の視線の違い

――ベテランの保育士のノウハウを習得することで、保育士たちのスキルが向上するということですか?

ベテランの保育士さんの視線を新人保育士さんに真似してくださいということを提案をしたいわけではありません。ベテラン保育士さんは、俯瞰的に園内の環境構成を見るような視線をする方が多く、逆に新人保育士さんは園児さんの顔をじっと見るような視線が多い傾向があるということです。

――経験年数によって、視線がそれだけはっきりと変わるのですね。

例えばですが、子どもは自分の顔をじっと見てもらえると嬉しいですよね。自分の顔をじっと見てくれることがうれしくて、「先生~!」って寄っていくのだという解釈もできます。若い保育士さんが子どもたちに人気な理由がちょっとこれでわかったような気がしました。

結果として、トラブルに対処できる予測的な動きをするベテラン保育士さんと、新人保育士さんの子どもの顔をしっかり見るという視線があって、チーム保育がバランス良く成り立っているのではないかと考えます。

質の高い保育環境の提案へ

――保育の研究は、他にどのような活用ができますか?

例えば、子どもの人数に対する保育士の人員配置は本当に正しいのかということも、エビデンスを取った上で設定できるようになるのではないかと思っています。園の大きさに対して、子どもの動き方や保育士さんの関わり方などを定点でデータを取っていくことで可能になるのではないかなと。

――現在定められている人員配置が適正かということもエビデンスがあれば保護者としても安心できますね。

もうひとつ。システムを作っているところなので時間はかかるのですが、保育場面で実際に起こり得るトラブル場面をVR空間上に再現し、それぞれの保育士さんにVR空間上でそのトラブル場面を再現して介入するまでの行動や介入中の動きに関わる動線解析をするということもやっています。

――それはおもしろい研究ですね。

VR上で介入をしてもらった後、介入したことの意図を聞いたり、内省してもらう時間を作ったりしています。子どもがケガをしそうな場面でも、園児自身の学びにつながると考え、あえて介入しない選択をする保育士さんがいたり、トラブルは未然に防ぐし、保護者からの要望、クレーム対策として介入をするという保育士さんがいたりして保育士さんの意識や考えが行動に反映されている可能性があると考えると大変興味深い結果になりました。養護と教育を組み合わせて子どもと関わる中で、養護的関わりが強い保育士さんがいれば、教育的な関わりが強い保育士さんもいます。その介入行動の背景にはどんな意図があるのか、そして教育方針や指針、園の状況などが反映されているのかということを考えることにもなるのかなと思っています。

――この3年で子どもは30万人減ったと言われています。保育園にもその影響は出ているのですが、今後の保育の在り方みたいなものはどう考えられますか?

今後は、より子どもの育ちや健やかな発達というものに支えられている質の高い保育がさらに注目されていくと思います。私たちの研究が、そういった質の高い保育環境の提案という形でお役に立てたら良いなと思っています。

 

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