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「べき」論な子育てをしてしまうのはなぜか? ー発達心理学 研究者・石橋美香子先生に聞く(後編)|東京児童協会
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学校法人江戸川学園 江戸川大学で発達心理学を専門に研究を続けている石橋美香子先生。大学では、人間心理学科の講師でもあります。
今回は、発達心理学者である石橋先生に、子育てについてのお話を聞いてみました。
発達心理学の先生から子育てについてのお話が聞ける機会はなかなかありません。とても興味深いお話をたくさん語っていただきました。
石橋美香子 先生
江戸川大学社会学部講師。専門は発達心理学。
英国ランカスター大学 大学院発達心理学専攻修士課程修了(2018 年度)
お茶の水女子大学大学院人間文化創成科学研究科博士課程修了(2020 年度)
石橋先生との対談記事(前編)はこちらから
「発達心理学の視点から見る保育の向上に必要なこと ー発達心理学 研究者・石橋美香子先生に聞く(前編)|東京児童協会」
子育てに大切なこととは?
――発達心理学を研究されている立場から、子育ての環境について感じていることはありますか?
保護者の方から、「子育てに大切なことはなんでしょうか」ということを尋ねられる機会が多くあります。「どうしたら、この子をこういう風に育てられますか」ということを聞かれるのですが、基本的に、‟絶対にこれが正しい”という子育てに対しての正解はないですよね。頭ではわかっていることではあると思うのですが、それでも答えがほしいと思っている方が多いということは感じます。
――いろんなところから情報が得られる分、情報の精査が難しいですよね。
「子どもにとって良いこと」とか「子どもにとって最適なこと」といった情報を見て、「こうすべきなんだ」ということが先行してしまっているような気がします。インターネットに溢れている情報は、科学的なエビデンスに基づいているものばかりではありません。『べき』論になりがちな子育てを見ていると、実際にそれが今現実を生きている子どもの成長に良いものなのだろうかと感じることもあります。
――『べき』論になりがちな親御さんに石橋先生から伝えられるメッセージはありますか?
有名な発達心理学者であるアリソン・ゴプニックの著書に、『思いどおりになんて育たない』というものがあります。原本のタイトルは、“The Gardener and the Carpenter”。直訳すると『庭師と木工職人』です。アリソン・ゴプニックは、子育てを「庭師と木工職人」に例えて、「子どもは、木工職人ではなく庭師のように育てましょう」と話しています。
――庭師と木工職人ですか? 具体的にはどういうことですか?
木工職人というのは、材料を型通りに使って決まった物を作ります。一方で、庭師は植物の元気がないなと思ったら、水をあげたり、栄養を加えたり、その状況に応じて必要なものを見極め与えます。植物は水をあげないと枯れてしまうけど、あげすぎても枯れてしまいます。ゴプニック氏は書籍の中で、子育てに関しても同じことが言えると述べています。庭師のように、その時々の子どもの様子にあわせて臨機応変に関わってあげることが子育てには大事だということです。
親は何かしらの正解がほしい
――型にはめるのではなく、臨機応変に。頭では理解できるのですが、いざ子育てで実行しようとすると難しいなと感じます。
親がいくら、「こう育てよう」と思っても、子どもは決してその通りには育ちません。子ども自身が持つ気質や興味、関心、自身が置かれた環境を子ども自身が上手に組み合わせて育っていくものです。1、2歳の子どもの発達を研究していると、1歳未満の頃から他者の様子をよく観察していて、それを真似するかどうかを判断し、必要であれば真似をするという研究結果もあります。これは周囲の大人の様子を観察し、自分にとって必要な情報を選択し、自律的に学び取っているわけです。子ども自身が持っている力を、まずは信じてあげることが大切だと思います。親やまわりの大人が与えてあげられるのは、庭師のように十分に観察し、子どもが今何を必要としているのかを考え、必要な時に水を上げたり、日向に移してあげたりといった環境作りなんです。
――子育てをしていると、ついつい型にはめようとしてしまうという方は多いと思います。その理由はなんでしょうか。
親御さんは、何かしらの正解がほしいのだと思います。初めての子育てとなれば不安が強いのは当然です。だからこそ、「こうすれば間違いない」と言ったものを見つけると気持ちが楽になるのかなと思います。
――型にはめることによって、子どもの成長や可能性に影響がでますか?
その影響については、まだ具体的には分かっていないというのがひとつです。子どもを心配して先回りしてしまうことを反省する方もいますが、見方によっては、子どもの様子をとてもよく見ていて、敏感性が高く、応答性の高い子育てをされているということだと思うんです。日本ではこうした子育てが多い傾向があるとされています。
――私もそうなので、そう聞くと安心します。
そういう関わりをしたことが、ダイレクトに子どもの発達を阻害してしまうかというと必ずしもそうでもないですし、子どもそのものが持っている資質や発達の特性といったようなものと、保護者の方と育まれていくものもあるので、「こういうことを私がしてしまったから、子どもの可能性を阻んでしまったかもしれない」と心配しすぎなくてもよいと個人的には思います。また、子育てにおいて大切にしたいことは保護者の方で様々だと思います。私が伝えたいのは、『べき』論に子育てや自分の子どもを無理に当てはめようとしたり、それがうまくいかなかった際にがっかりすることはないということ。その根底にあるのは、保護者の方が抱えている不安が大きいのかなと思います。
親性準備性の重要性
――子育てにおいて、親が不安を感じやすい原因はなんでしょうか。
核家族化が進んでいることも、要因の1つになっていると思います。周りの人、地域の人との関わりが減っていることで、親になる前に子どもと関わる機会も減っています。子どもと関わることがなかった人がいきなり親になると、正解がない子育ての中で自分がどう関わって良いかわからなくて不安になるというのは当然だと思います。発達の研究者として私もこのことを懸念しています。
――確かに、子どもと触れ合う機会がないまま大人になる人が多いですよね。それはどのような解決策があるのでしょうか。
大学生の頃から赤ちゃんや子どもに関わるような経験をするのはとても有効的です。子どもを育てるための心理的準備や心構えを、『親性準備性』と言います。親性準備性が高いと、子どもに対する好意感情が高かったり、育児への積極性が高かったりするといわれています。親性準備性を育むことで、親になった時に目の前の子どもに対して心理的にもゆとりを持って関われるということもわかっています。
――親性準備性。親になるための準備を10代のうちからはじめておくということですね。
「子を持ちたくない」という意識を持つ方が増えています。それは、社会的、経済的な要因も大きいのですが、子どもと触れ合ったことがないことで生じる漠然とした子育てへの不安感が生じている場合もあります。それは、大学生の時期から子どもと関われるような経験を積んでいくことによって変化が起こる可能性があるのではないかと思っています。
――親になってからではなく、親になる前からなのですね。
子育てのサポートというのは、親になってからと親になる準備期の二つがあると言われています。どちらも子育てのサポートにおいてとても大事なものです。
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インタビューの中で石橋先生もお話くださっている「親になる前の心構えを知る機会」また「子どもと触れ合う機会」を作るべく、東京児童協会の園では積極的に子育て支援イベントを行っています。
イベントの様子はこちらの記事からご覧いただけます
「地域の人たちが寄り添える場所・安心できる場所を提供したい|台東区立たいとうこども園」
既に子育てをスタートしている方だけでなく、これから子育てをはじめたいという方に向けてのイベントも行っており「親性準備性」を育む機会としてご来園頂けますと嬉しいです。
開催スケジュールは各園HPにてご案内しておりますので、ぜひご覧ください。
石橋先生との対談記事(前編)はこちらから