社会福祉法人 東京児童協会

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保育士の視線追跡研究が示す新たな可能性 ー(前編)|東京児童協会

保育士の視線追跡研究が示す新たな可能性 ー(前編)|東京児童協会
京児童協会は、日々の保育の中にある“目に見えない専門性”についての研究協力を積極的に行っています。
今回は、学校法人江戸川学園 江戸川大学で発達心理学(子ども学)を専門に研究を続けている石橋美香子先生と、元東京大学・発達保育実践政策学センター(CEDEP)・現学習院大学非常勤講師の高橋翠先生が行う、ウェアラブル型アイトラッカー(眼鏡型の視線計測装置)を使用した「食事介助中の保育士と園児の視線行動の関係を調べるための研究」に協力しました。

 

都内に24園ある認可保育園と認定こども園のうちの7園で研究協力を実施。0歳児クラスの9か月~11か月児を対象に、食事介助中の保育士が「ウェアラブル型アイトラッカー(眼鏡型の視線計測装置)」を着用し、食事介助中の視線を測定・記録するという内容です。
今回は、石橋先生と高橋先生に、この研究の目的や研究により見えてくる保育業界の新たな可能性についてお聞きしました。

研修プログラムの開発や保育の質の向上に貢献

――今回の研究の目的を教えてください。

石橋先生:今回の研究では、ウェアラブル型アイトラッカーを用いて、保育士さんの「視線」に表れる認知情報処理を検討することを目的としています。保育士さんは子どもをどのように見ているのか、どこに注意を向けているのかを可視化することで、保育者の専門性や無意識的な技術を捉えることができます。これにより、保育士さんの視線を職員同士で振り返るなど園内での研修に活用することもでき、将来的には保育の質の向上に貢献することが期待されます。

高橋先生:保育者の専門性は、無意識に身につけた「暗黙知」として存在することが多く、体系化や言語化がされていないのが現状です。これを明文化し、知識として共有・継承していくことが、保育業界の重要な課題となっています。かつては保育記録のうまさが評価に繋がっていた時代もありましたが、記録が上手だからといって、その保育士さんが本当に良い保育をしているかというと、必ずしも一致しないというギャップがありました。今回の研究では、視線だけでなく言葉かけなどのやりとりも記録できるため、実際にどのような関わりが行われているかを具体的に把握することが可能になります。

――この研究はどのくらい続けているのでしょうか。

石橋先生:8年ほど前に、東京大学でウェアラブル型アイトラッカーを使った研究をはじめました。その時は、保育園でのおやつ介助と遊び場面で保育士さんにアイトラッカーをかけていただきました。10園の保育施設にご協力頂き、20名の保育士さんでデータを取ったのが最初です。当時は、保育士さん自身の業務中のリアルタイムな視線を、初めて定量的なデータで明らかにした画期的な研究ということで話題になりました。

高橋先生:食事介助の研究は2024年頃から行っています。実は、手動でのデータ解析は、5分の動画解析に2人がかりで2時間ほどかかっていました。それが、生成AIの導入により、データ解析が大幅に効率化されました。視線データに加えて、定点カメラや音声データも活用することで、より詳細な分析が可能になりました。

視線パターンの分析から見えてくるもの

――経験の浅い保育士とベテラン保育士ではどのような視線の違いがありましたか?

高橋先生:ベテランの保育士さんは園全体を俯瞰して捉え、若手の保育士さんは子どもの顔に注目する傾向があります。目を向ける箇所が異なる保育士さんが園内に配置されていることにより、情緒的なやりとりやチーム保育の土台になっている可能性が示唆されました。

石橋先生:今回の研究は、「食事介助」に焦点を当て、安全面や事故予防に沿った実践ができているかを、ガイドラインと照らし合わせながら分析したいと考えています。また、ベテランほど視線の動きが速く予測的であることから、子どもの状態を先読みして行動を調整している可能性もあり、そうした視線パターンの分析を進めたいと考えています。

――1人の保育士さんを追い続けて、1年ごとの成長を見ることができたらおもしろいですね。

石橋先生:この研究の大きな目的の1つに“振り返り”があります。園内の研修に活用するためのプログラムとしても使えるように視線のデータを収集しています。今後1人の保育士さんの視線データを継続的に取得できたら、保育士さん自身が自分の視線を振返り、自らの保育行動を高めるキッカケや動機付けになると良いと思っています。

初学者も安心して学べるプログラムの提案へ

――保育士になる勉強段階で、食事介助についてのマニュアルなどはあるのでしょうか。

高橋先生:カリキュラムには組み込まれていなくて、現場に出て先輩から教えてもらいながら実践していくというのがほとんどだそうです。

石橋先生:保育士さんは食事介助中、誤嚥などの事故に細心の注意をはかりながらも、子どもたちが食に関心を持ってもらえるよう、様々な心配りをしています。自身の行動を振り返れたり、職員同士で話し合えたりするような研修プログラムがあると、保育士を目指す人にとっても安心して取り組めるのではないかと考え、保育関係者の皆様と作っていけたらと現在は考えています

――この研究を進める中で見えてきた、食事介助での大事なことはなんですか?

石橋先生:子どもが食事を楽しめるような雰囲気をつくるのって、とても大事なことなんです。上手な保育士さんの様子を映像で見てみると、子どもがにんじんをじっと見ていたら、「にんじん食べたいのかな?」と気づき、そっとにんじんをすくってあげたりしてるんです。
子どもが、「これ食べたいな」って思ってる気持ちにちゃんと応えてあげる。そういう丁寧な関わりが、子どもにとっても満足度の高い食事介助につながってるんじゃないかなと思っています。

高橋先生:9か月~11か月児くらいになると、言語発達的にもいろいろわかってくる時期です。にんじんを見たときに、「にんじんだね」と言われて食べると、視覚と嗅覚と触覚と味覚の学びにもつながっていくと思います。

後編につづく)

お話を伺ったのは

学校法人江戸川学園 江戸川大学で発達心理学(子ども学)専門 石橋美香子先生

元東京大学・発達保育実践政策学センター(CEDEP)・現学習院大学非常勤講師 高橋翠先生

 

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石橋先生には以前のコラム記事にて発達心理学についてお話を伺いました頂きました。インタビュー記事も併せてご覧ください。

発達心理学の視点から見る保育の向上に必要なこと ー発達心理学 研究者・石橋美香子先生に聞く

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