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「赤ちゃんの前では悪いことができない」は本当? 研究者に聞く“道徳の芽生え”の真実|東京児童協会

東京児童協会では、幼児教育の現場がより豊かに発展していくことを願い、教育・医療・福祉・心理学など、多様な分野との連携を図りながら、その成長と質の向上に取り組んでいます。
子どもたちの健やかな育ちを支えるために、分野を越えた協働を重視し、現場の声や最新の研究成果を柔軟に取り入れることで、幼児教育の未来づくりに貢献。また、メディアへの取材協力も積極的に行っています。
5月に日本テレビ系列で放送された『X 秒後の新世界』でも、「赤ちゃんの善悪に関するコーナー」で取材協力を行いました。
番組では、善いことをするぬいぐるみと悪いことをするぬいぐるみを登場させ、赤ちゃんがどちらを選ぶかの検証が放送されました。
今回は、「赤ちゃんは本当に“善悪の判断”ができるのだろうか?」という視点から、番組の監修を務めた赤ちゃんラボ5.0 理事 松中先生に、「赤ちゃんの道徳」についてのお話を伺いました。
赤ちゃんに“善悪”はわかるのか?
――番組で紹介された、「赤ちゃんの前で悪いことはできない」というのは、実際に行われている研究にもあるのでしょうか。
“赤ちゃんに道徳的な判断ができるのか?”という研究は実際にあります。特にこの10~15年ほど様々な検討が行われてきました。そしてその結果から、赤ちゃんは”生まれながらにそういう判断ができるのではという見方がやや優勢になってきていました。ただ、最近では、“本当にそうなのか?”と疑問を投げかける声も出てきています。というのも、当時発表された有名な研究をもとに追試(再現)した大規模なプロジェクトが行われたのですが、結果にはばらつきがあったんです。
――どのようなばらつきがあったのでしょうか。
今回の撮影では、ボールを取るのを助けてくれるぬいぐるみと、邪魔してくるぬいぐるみという設定で、赤ちゃんがどちらに手を伸ばすかを見るという実験を行いましたが、大学でも似たような実験を行っています。その結果、ある子は“良い方”を選ぶけれど、別の子は”悪い方”を選ぶというように、すべての赤ちゃんが“道徳的な判断”をしているとは言い切れないのではないかという報告が出てきました。これまでの研究では、「赤ちゃんすごい!」という流れが強かったのですが、最近では「少し落ち着いて捉えなおしてみよう」という冷静な見方が増えています。
道徳的判断が安定して見られるのは2〜3歳以降
――実際その善悪がしっかりわかるようになる年齢っていうのはあるのでしょうか。
2歳、3歳くらいになると、道徳的な判断がより明確に現れてくると言われています。人の行動の良い悪いだけではなく、お菓子やおもちゃを分配するときの不公平さに気づくようになるとか、相手がいたら公平に分配してあげようとするようになるというのが、割と幼児さんになると見られるようになります。
――最近、tiktokで、パパとママと子どもがいて、目の前のお皿にパパだけお菓子が入っていないみたいな動画がありますよね?
そうです。まさに、あれだと思います。お菓子を公平に分けたり、不平等な扱いに対して敏感になったり。TikTokなどで見かける“パパだけお皿にお菓子が入っていな”というシーンで、子どもが気づいて分けようとする行動がまさにそうです。
研究は“目安”、育児は“目の前の子ども”
――そういった行動は、道徳心は生まれつき備わっているものなのか、それとも育つ過程で獲得するものなのでしょうか。
おそらく、どちらか一方ではなく“両方”が関わっているというのが今の主流の見解です。研究の世界でも、遺伝なのか環境なのかという二項対立ではなく、その子の個性や育つ環境、いろいろな要素が絡み合っていると考えられています。
チンパンジーや犬などでも、“自分が損をしている”ことには反応します。でも“他者が損をしていること”に対して怒ったり、抗議したりするのは、人間ならではのものじゃないかとも言われています。
――人間特有のものなんですね。
手に荷物を持っていてドアを開けられない人がいたら、1歳半くらいの子でも手伝おうとする行動が見られます。これを“ヘルピング行動”と言いますが、こうした“他者のために動く”というモチベーションも人間特有だと考えられています。
ーー「赤ちゃんの道徳研究」で出た結果を、“育児の正解”と捉えると苦しくなる親もいますよね。
研究でわかるのは、“多くの子がこの年齢でこういう行動を見せる傾向にある”ということ。でも実際の育児では、自分の子ども一人と向き合うわけで、みんなと同じじゃなくても、それが“その子らしさ”だったりしますよね。
赤ちゃんは大人の言動をしっかり見ています。ままごと遊びで家族の口癖が再現されるように(笑)。だからこそ、日々の関わりの中で“何を見せるか”“どう接するか”が、きっとその子の中に蓄積されていく。研究を“参考にする”くらいの距離感が、ちょうどいいのかもしれません。
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「赤ちゃんの前では悪いことができない」というフレーズが象徴するように、子どもは大人の鏡のような存在。私たち大人のふるまいが、次の世代の「善悪」を育んでいるのかもしれません。
“生まれつき”か“学び”か――その答えを求めるよりも、今日の関わりを丁寧に重ねること。それが、いま私たちにできる“道徳教育”ではないでしょうか。
お話を聞いたのは
一般社団法人 赤ちゃんラボ5.0 理事
博士(学術) 松中 玲子さん
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